昨晩、新宿で久方ぶりに飲んだ。その勢いで二次会に私が23才~26才まで頻繁に通っていたスナック「用心棒」へと向かった。35年ぶりという感じである。
久しぶりどころかまるで同窓会のような感じ。
2丁目千鳥街は相変わらずオカマというのかゲイバーというのかそれらが、店は変わっても存在感は変わらずだった。
しかし35年振りですんなり到達できるわけがない。まわりの景色は一変してるし。実は、電話をもらい「今用心棒にいるんだ。君は全然顔を見せないじゃないか」と酔った声が。そしてママというのか「タキちゃんに代わるから」と数十年ぶりに用心棒の店主であるタキちゃんと話しをし、そのうち行きますと言って半年はすぎていた。
▲変わらぬ看板
気になっていたので、9月ころ「昭和にワープしないか」とひとを誘って行く気になったのだ。ところが、やっと見つけた用心棒は臨時休業だった。
がっかりして、新宿それも2丁目なんて行くことないものな、と思っていたら、思いがけずの新宿飲み会。チャンスとばかり大ガードからタクシーに乗る。
記憶に残るラーメン屋を見つけて安堵。古びた木製ドアを開ける。
昔は、床、壁が真っ黒で照明も暗かった。浅川マキの歌がかかり、何だかアングラの世界のようだった。カウンターの向こうにいるタキちゃんは、妖艶な美女であった。そして、用心棒の開業20周年の時に宴席であって以来の邂逅。
▲容子ネーも入っての記念写真
店はきれいにリフォームされていてさっぱりと落ち着いた雰囲気だった。かつてより照明もいくらか明るい。
さすがにタキちゃんも年を重ねた。僕なんてほらと頭を見せる。
この店は社会人になった時に先輩に連れてきてもらった。以来数年たびたびここで飲んだ。と言っても私は水割り1杯でダウンする状態だったので、先輩たちの酩酊ぶりをいつも眺めていた。
そして、友人、知人もこの店に連れてくるようになった。バイトの女の子が南沙織のポスターを持ってきてくれたりしたっけ。
タキちゃんに知人たちの名を告げると、なんと皆たまに顔を出しているとのこと。驚いた。
何だか懐かしい気分にひたるのは、往時から飾ってあるポートレートのせいなのか。
とにかく、心安らぐひとときであった。こういう時に手ぶらなんだよな。同行のk藤村君にタキちゃんとツーショットを記念に彼女のスマホで撮ってもらう。
私もと大坂の容子ネーも一緒に記念撮影。
タキちゃんは後2年で店を閉じるという。そうか、これは少し通わなくちゃ、と思う。 今度はロック魂でも誘おう。何せ相変わらず水割りの量は増えないから。
外は急速に冷えていた。
SAREX専務理事(㈱オプコード研究所所長)
野辺 公一